<詩作品>
プロローグ
置き手紙
みなさん
「思い出」はもう過ぎ去ったことだと
思っていませんか?
それは違います
過ぎ去った時間は決して戻ってはきません
けれども「思い出」は、ふと心の中に
あのときとは違う感慨で
戻ってくるではありませんか
そして、ぼくたちはいつでも
たとえば昼下がりの公園のベンチなどで
ぼんやりと「思い出」の中に入っている自分を
見つけたりするではありませんか
幼かったあの頃から
ぼくは思い出の中の小道を
まるでさすらうように辿って行きました
深い孤独にどんな救いを求めて
ぼくの人生はスタートしたのでしょうか
それからのたくさんの出会いと別れ
思えばなんとたくさんの人たちに
ぼくの心は救われて来たのだろうと思います
そしていつか
年齢を越えて心を溶け合わせた人たちとの
思い出に出会ったとき
ぼくは何を求めて旅立ったかが
なんとなくわかったように思えました
思い出の林の中の木もれ日レストランで
懐かしさに心を躍らせて
楽しかった思い出との再会のひとときの後
取り残されて、ひとりになったとき
冷めて苦くなったカップの底の残り珈琲を飲んで
ふっとため息をして
頰杖をつくことなどありますね
テーブルの上では木もれ日の丸い光が
いつのまにか楕円になって
夕暮れへの時の流れを語りながら
そよ風に揺れて教えてくれています
「さあ、これからはもっともっと心揺れた風景と
泣きたいほどにやさしい面影との再会だよ」と
ぼくはもっと思い出の中の
旅を続けようと思います
もしかしたらあのときには気付かなかった
「お母さんという思い」
あの人たちの笑顔に
見逃してしまったかも知れない
「お母さんという思い」
心の小道の曲り角でふっと感じるかも知れない
「お母さんという思い」に
思いかげなく出会えるような気がするのです
それはたとえば寂しく寒い心を温めてくれた
あの温かい一杯のうどんのように
そして
シオンの愛おしい微笑みのように
……行ってきます
ひとりぼっちになったら海へ
渚に打ち寄せているのは波
けれど
聞こえるのは潮騒ではありません
あれはあなたを呼ぶ声です
孤独に押し出されて
浜辺に泣きに来たのに
涙もなくて
じっと海を見つめているあなたを
やさしく呼んでいる声です
砂浜のずっと後ろに騒いでいるのは松林
あれはからみ合った人の世界と孤独を
仕切る垣根ではありません
あなたをやさしくなぐさめる
哀歌を奏でる楽士たち
松の葉のざわめきはあなたの哀歌
待っていたのです
浜辺はあなたを待っていた
主役の登場を待っていた
渚の波はあなたの足下を
きれいに流して
今はひとりぼっちのあなたを
もてなして
あんなに嬉しそうに寄せてくる
潮風はあなたを抱いて
ささやくように吹き過ぎていく
流れる髪をそのままに
あなたによくお似合いの
砂浜にたたずんで
あなたはほんとうのあなたになるといい
やがてどこからか音もなく
あなただけの小舟が流れてきて
小舟はあなたを誘うだろう
あの水平線の向こうへ漕ぎ出そうと
やさしく誘うだろう
あなたはそれに乗るといい
たとえ水平線の向こうが
どんな修羅の世界だとしても
あなたはもうほんとうのあなたなのだから
今はあなたが主役なのだから